Perspective

石化・凍結などの所謂『固め系』の話題について、アレコレ呟きながらじわりじわりと更新されるブログです。脱不定期更新を目指してSSにも現在挑戦中。

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ピュグマリオンのジレンマ(4) 狂乱の夜を振り返れ

今から思えば、どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのだろうか。
石化しているクロエの尻に頬を押し付けること数十分、ナクリは自問を繰り返した。
数時間程度で終わるはずのクエストから、丸一日近く自分が帰って来なかったとして。
他の誰よりも自分を慕ってくれるあの子――今はナクリのすぐ傍で、やはり石化しているカノンノがどう思うか。
そんな単純な事に、どうして思考が行き当らなかったのか。
ナクリの回想は静かに続く。

――見間違えであってくれたら。
ティア達がことごとく石化され、砂漠が生み出したオブジェの如く佇む。
そんな光景を目にした時、カノンノは痛切にそう思った。
アドリビトムと言う共同体で暮らす仲間が、物言わぬ石の塊へと姿を変えられている訳だ。
15という彼女の年齢からすれば、そういう思いを抱くのも無理は無い。
ありのまま事実として受けとめるには、カノンノが直面した『石化』という現象は余りにも常軌を逸している。

だがこの地、モスコビー砂漠がいかなる土地であるかを考えれば、それは可能性が0と断言出来ない事でもある。
魔物同然の凶暴性を備えた小精霊、動物の血肉を喰らうべくして進化した多肉植物。
それに加えて生物を石化させる毒牙を持つ魔獣・バシリスクまでもが共生関係を形成しているのだ。
更にモスコビー砂漠は、無数の巨大な岩で隔てられた渓谷でもある。
必然的に行動範囲は制限される。魔獣共と遭遇する場所によっては、全く逃げ場が無いという事だって十分に考えられるのだ。
物事に絶対は無い。
如何にティア達が一線級の使い手だったとしても、地の利を本能的に把握する魔獣共の波状攻撃に晒されたのだとしたら――
ほんの数分前まで激しく混乱していたはずのカノンノだったが、彼女は自分でも不思議なぐらいに事実を整理できていた。
ティア、エステル、クロエ。
彼女たち三人が石化された事は、確かに簡単には受け入れたくない。
石化と言う現象がどれだけ恐ろしく、そして心を抉りつける事であるか。
ティア達の姿を見て嫌と言うほどに思い知った。温もりを失った石の身体。それは屍も同じなのだと。
だが、それは誰もが行き当たる事でもある。
もちろん個人差はあるだろうが、時間さえ掛ければいつかはその結論に辿り着く。
石化とは恐怖の対象である。その事実は普遍的な物なのだから。

翻って、カノンノが晒されている現状はどうだろうか。
物言わぬ姿と変わり果てた仲間達の姿。
苦悶する者、恐怖する者。そして果敢に立ち向かおうとした者。
その全てが等しく石の彫像と化した光景。
擬似的だとは言え、カノンノに『死』を想起させた恐ろしくも悲しい光景。
「ある意味、まぁある意味の話なんだけどね、これもまた一種のメロンみたいなもんだと思うのよ、私。むしゃぶり付きたくなる的な意味なんだけど」
そして、その中から聞こえて来る不自然な程に上機嫌の声。
砂交じりの風も合わさって、表現のしようの無い不協和音が響いていた。
ティア達の石化など、目の前の光景に比べればまだ理解が及ぶだけ救いがあるようにも思える。
――聞き間違えであればいい。
だからその時、カノンノは痛切にそう願った。

ディセンダー。万物の祖たる世界樹が遣わした救世主。
遥かな昔、世界全てを蹂躙した戦乱を鎮めた大英雄。
おとぎ話にも素敵な活躍が描かれた、カノンノにとっての憧れの人物。
そんなディセンダーが、石化した仲間の尻に頬擦りを繰り返しているなど。
ましてやその行為に、思いっきり興奮を覚えていようなど、いかに想像力豊かなカノンノでも――
「クロエってば普段はあんなにお硬い癖に……あ、今はもっと固いか。とにかくご覧の通りのけしからんスタイルなんだもの。そりゃむしゃぶり付きたくなるって物よねぇ」
「……あの、ナクリ?」
――解らない。
けしからん? むしゃぶり付く?
カノンノの声などまるで聞こえていないように、石化したクロエに頬擦りをするナクリの口から出てくる言葉の意味が、よく理解できない。
いや、全く意味が解らないという訳ではない。
ナクリという女性に対してカノンノが積み上げてきたイメージと、目の前で繰り広げられている光景。
それらが見事なまでに一致しないのだ。
常に冷静な思考をし、そして実直に行動する。
カノンノが知るディセンダー・ナクリとは、そんな女性だったはずだ。
少なくとも尻がどうしたこうしたなどという話を、頬を紅潮させ、身体をくねらせながら喜色満面でする人物ではない。

「……えっと、ナクリ。聞こえてる?」
「特に尻。あんまりにもぴちぴちしてるもんだから、どれだけ普段から私が触ってみたかったかって話。これが普段は難しいのよねぇ。ほら、私にも体面って物があるし」
引き続き呼びかけてみたが、やはり返事らしい返事は無い。
その代りに聞こえてくるのは、相変わらずの妙な発言と、ぺたぺたと手触りを楽しむように尻に触れる音。
完全に石化している三人とは事情が違うが、これはこれで言い様の無い不安を覚えさせる。
一定のリズムの様な物すら感じられる辺りもまた怪しい。
――えっと。この人、本当はナクリじゃなかったりして
ものすごーく良く似た人が、たまたま偶然、目の前にいるだけだったりして。
うん。それならクロエのお尻にあんな事をしていても納得……ダメダメ、やっぱりおかしくない!?だって女の人同士だよ!?
三人が石化された姿を見た時とは別の意味で、カノンノは混乱し始めていた。
仮に目の前の人物が赤の他人であったとしても、石像が石にされたクロエだという事を知らないとしても。
同じ女性のお尻、それも石になった尻に頬擦りをするなど、カノンノには理解が出来ないのだ。

「正味の話、石化してると素っ裸にマントを引っかけてるとしか見えないのよ。言うならば着エロの極致って奴?」
「……え、石化……!?」
ナクリの口から出たその単語に、混乱していた頭が僅かに冷静さを取り戻した。
――クロエ達が石になっていると知っていて、こんな事をしているの……!?
冷静に考えれば、すぐに出てくる疑問だった。
石化は恐ろしい現象、緊急事態。これグラニデの常識。
そしてナクリは、目の前の石像はクロエが石にされた姿である事を知っている。
ただの石像と勘違いしている訳ではない。
仲間が恐ろしい目に遭っていながら、ナクリはその事実を目の当たりにして、むしろ楽しんでいるのではないか。
とてもじゃないが、ディセンダーのする事だとは思えない。
「ディセンダーは、ただ自分が正しいと思った事をする」
絵本にも書かれていた事を、そっとカノンノは呟いてみた。
「そうだ……そうだよね」
ディセンダーの行動は、それがどんな物であれ最終的には世界を救う。
そうカノンノは信じてきた。
だから、一見した所は奇行しか見えない行為にも、きっと何か深い理由がある。
――話を、ちゃんと聞かなくちゃ。
胸元で拳をぎゅっと握りしめ、大きく息を吸った。
ナクリからきちんと説明をしてもらうのだ。
目の前にいるのがナクリならば、彼女はきっと誠実に答えてくれるに違いない。
心を決めたカノンノは、ナクリの背後に回り込んだ。
ナクリは頬をクロエに密着させているので、正面から話しかけてもカノンノの顔が良く見えそうにないからだ。
「バンエルティアにこれ以上の美尻の持ち主が他にいようか? いや、今考え付く限りはいないッ!断言する、間違いないッ!」
ナクリの発言は敢えて聞き流す。
発言の意図を考えてもキリが無いからだ。

カノンノはそっと、ナクリの肩に手を置いた。
興奮のあまりに不規則な上下運動を繰り返しているので、なかなか狙いが定まらなかったが――
「……う」
「う?」
「うおおおおぁぁあぁわぁーーッ!?」
「きゃあああああッ!?」
カノンノの手が触れた途端、砂漠に悲鳴が二つ木霊した。
ナクリは凄まじい勢いで跳ね上がると、まるで釣りあげられた直後の魚のように砂漠をジタバタとのたうち回った。
小さなカノンノの手は、その勢いの前では簡単に弾かれてしまう。
二度三度と身体を熱砂の上で転がし、何とか体勢を立て直したかと思えば、首をガクガクと不自然に動かしていた。
ヤカンのお湯が沸騰したような音がした。
どうやらそれが、ナクリの呼吸音らしい。
「……あ、えーっと……カノンノ……?」
そこまで来て、ようやくナクリはカノンノの名を呼んだ。
酷い狼狽ぶりだった。
幾らカノンノに気が付かなかったとは言え、ナクリの驚き方は余りにも挙動不審が過ぎる。
どんな巨大な魔物が相手でも臆する事無く大剣で立ち向かう普段の姿とは、頭から爪先まで違っているような気がした。
「……ナクリ、だよね?」
「……あ、はい。私の名前はナクリ。世界樹から来たディセンダーで……」
「……うん、知ってる。改めて自己紹介してもらわなくても大丈夫だよ」
「そ、そうよね」
これは何の面接だ。
行動だけに留まらず、ナクリは発言までもが不審その物だった。
ナクリとカノンノ。二人の間を乾いた風が過ぎ去って行った。

それから間が開く事、約6秒。
二人にとっては数時間にも錯覚できる、余りにも気まずい時間が過ぎた。
「……さ、さっきはビックリさせちゃってごめんね」
「……え、あ、うん。と言うか、ビックリさせたのは私が先だったような」
沈黙を先に破ったのはカノンノだった。
まだ先程の驚きの余韻が残っているようだったが、彼女はいつもと同じようにナクリに対して優しく言葉を掛けてくれた。
「でも、良かった。ナクリが無事でいてくれて」
「え、ええ。お陰さまで。私はこの通り。心配を掛けてしまっていたりしたのよね……」
普段の彼女と比べて、語尾がまだ妙な感じだった。
だが形はどうであれ、ナクリはこうしてカノンノの目の前にいる。
カノンノが思い描いた最悪の結果。
モスコビー砂漠に向かった4人の全員が石化されるという事態だけは避けられた。
それが解っただけでも、カノンノは随分と救われた思いがした。

「一つ、聞きたい事があるんだけど……ナクリ、ちょっといいかな」
「え、ええ。私なら大丈夫。何でも聞いてもらって結構よ……」
カノンノに質問されて答えるナクリだが『結構』の部分、声が裏返っていた。
寝起きのニワトリの首を全力で締め上げたような声だった。
「ティアに、エステルに、クロエ」
「ティア、エステル、クロエ……」
石化された姿を見てきた一人一人の名前を、カノンノは噛み締めるように言った。
それに釣られてか、ナクリも背筋を正しながら復唱する。
「みんなに、何が起こったの?」
決してナクリの奇行が気にならない訳ではなかった。
だが、ナクリの無事は一応だが確認できた。
今は石化されている仲間たちについて話を聞く事が先決だ。
――ふと、クロエの尻に頬擦りを繰り返すナクリの姿がカノンノの脳裏に浮かぶ。
今まで一度も見た事の無い恍惚の表情、そして上ずった声――
それらを一旦は心の引き出しに収め、改めてカノンノはナクリに問いかけた。
「ティアと、エステルと、クロエに何が起こったか、って事よね?」
「そう」
ナクリの顔を、カノンノは真剣な面持ちで覗き込んでいる。
余りにも真っ直ぐな視線だった。
大きな瞳が潤んでいるのがナクリには良く解った。
「……そうね。順を追って話すわ」
「お願い、聞かせて」
ごくりと、二人のどちらかが唾を飲み込む音が聞こえた。
「聞くも辛い話になるわよ」
「それでも、お願い」
カノンノと言葉を交わしている間に、ナクリは次第に落ち着きを取り戻して行ったようだった。
語り口は静かで、視線はしっかりとカノンノに対して向けられている。
いつの間にか、普段のナクリに戻っているようだった。
いや、さっきまでの不審極まる姿のナクリは、カノンノが見た幻覚だったのかも知れない。
過酷な環境の砂漠を数時間に渡って歩き、その末に仲間たちが石化した姿を目の当たりにした訳だ。
肉体と精神、それぞれが弱っていたからこそ、ナクリがありもしない行動を取っているように錯覚してしまったのだと。
うん、そうに違いない。
とりあえずの所は、カノンノはそういう事で納得した。

「……あれは昨日の昼過ぎ、私たちがアクアマリンの原石を採掘している時の事だったわ」
クロエの脚に寄りかかるような姿勢で腰掛け、ナクリは当時の状況を話し始めた。
カノンノもナクリの横に腰掛けて、彼女の話を聞く。
視界の端とは言え、石化しているクロエの姿を見るのはやはり心が痛むが、そこはぐっと堪える事にした。
「全く手付かずの場所があったの。大量の原石が驚くほど簡単に掘り出せたわ。でも……」
「……でも?」
「そこはね、同時にバシリスクの狩場でもあったのよ。気付いた時にはもう遅くて、私たちは数十匹のバシリスクに取り囲まれていた」
「やっぱり、バシリスクの仕業だったんだ……」
「……最初にエステルが石にされたわ。本当に一瞬だった。突然背後から咬み付かれて、それで……」
「そう、なんだ……」
カノンノが相槌を打つと、ナクリは無念そうに唇を強く噛み締めた。
恐らくは、彼女の目の前でエステルが石化されたのだろう。
当時の状況を説明するだけで、その時の光景がナクリの脳裏に再び蘇っているに違いない。
「……気持ち悪い、です」
「えっ?」
「石化される直前、エステルは確かにそう言ったの。あの悲しげな弱々しい声が耳から離れなくて、ね」
素直な表現がエステルらしいなと、カノンノは思った。
バシリスクは咬み付いた牙から毒を注入する事で、相手の身体を石に変えるという。
身体の中を毒が駆け巡る――育ちの良さそうなエステルの事だ。それは想像を絶するほどの不快な感覚だったに違いない。
背中を大きく仰け反らせて石化しているのは、彼女なりに毒の苦痛に耐えようとした結果の様に見えた。

ナクリはそっと視線を動かした。
その先には、苦悶に体を折り曲げた姿勢で石化しているティアの姿がある。
「次に、ティア」
ナクリはティアを指差して話を続けた。
それに促されるように、カノンノも石像と化したティアを見る。
苦痛に身体を激しく折り曲げた姿の石像。改めて見ても、およそ普段のティアとは掛け離れたイメージの姿形だった。
「エステルが石化されたのを見たティアは、譜術でバシリスクを一掃しようとしてくれたの。だけど……」
「だけど?」
ナクリは言葉を詰まらせたが、カノンノの声が呼び水となったようだ。
「だけど……ほんの少しだけ間に合わなかった」
「ほんの少し……悔しかったんだろうね、ティア」
「ええ、詠唱はあと二節程で終わっていたはずよ。ティアがどれだけ悔しかったかは、とても私が想像できるようなレベルじゃないと思う」
――カノンノの脳裏に、ティアの瞳から零れたまま石化した涙が浮かんだ。
それは、決して石化する事への恐怖から流れた物ではない。
自分の力が及ばなかった事、そして何よりも仲間の窮地を救う事が出来なかった事。
それらに対する悔恨の涙、無念の涙だ。
誰に対しても等しく厳しいが、自分に対してはそれ以上に厳しいのがティアと言う女性だ。
石化している今でも、彼女は自分を責め続けているのだろうか。
そう思うと、カノンノは胸が締め付けられるような思いがした。

「それで、最後がクロエ」
ナクリの口調は、話が進むにつれて、どこか淡々とした物になって行った。
エステルとティア。二人が石化した状況を語っている内に、彼女としても気持ちの整理が出来てきたのだろうか。
カノンノは、ナクリを促すように小さく無言で頷いた。
「クロエの戦いぶりは本当に立派だったわ。無数のバシリスクを相手にしても、全く怯まずに戦い続けた。事実、バシリスクの大半を倒したのは彼女なのよ」
そう言われて、カノンノもナクリと同じようにしてクロエの石像を見上げてみた。
「ほら。凛々しい顔、してるでしょ?」
「……うん。本当にクロエらしいよ」
揺るぎ無い闘志に満ちた表情が、そこにはあった。
瞳の消えた眼は単なる凹凸に過ぎないが、カノンノは確かにクロエの射抜くような視線をそこに見たのだ。
視線は眼下のバシリスク――つまり、カノンノが座っている場所に向けて向けられている。
今にも掲げた剣がカノンノのいる位置に向け、凄まじい速度で振り下ろされて来そうだった。
岩の様な堅牢さを備えたバシリスクの鱗も、クロエの放つ高速の斬撃の前では何の役にも立たなかったに違いない。
――そこから先の事は、既に語るまでも無い。
その姿のまま、クロエの時間は止まったのだ。
剣を振り上げた瞬間、彼女も例に洩れずバシリスクの牙を突き立てられた。
クロエの視線は今は何物にも向けられておらず、雄々しく掲げた剣も振り下ろすべき相手を既に失っている。
今カノンノの目の前にいるのは、時間から切り離された憐れな騎士のなれの果てでしかない。
それが、この場所に残された残酷な事実だった。

「……そして、私だけが生き残った」
――ナクリは、一つ大きなため息を吐いた。
それは、三者三様の末路を全て語り終えた事を意味している。
右手で額の汗を拭うナクリの姿は、どこと無く憔悴した様にカノンノには見えた。
「ここで起きた話は、これで終わりよ」
「ありがとう、ナクリ」
そっと、ナクリの肩に手を置いた。
今度はナクリも暴れたりはしなかった。静かに、カノンノの小さな手が触れるのを受け入れた。
「思い出すのも、お話するのも、物凄く辛かったと思う。私のわがままで、また辛い思いをさせてごめんね」
「……いいのよ。カノンノが気にする事じゃない」
そう笑顔で答えるナクリだが、その表情には力が感じられなかった。
顔色が優れない。先程汗を拭った額からは、また大粒の汗が流れ始めている。
無理も無い。
仲間を、それも三人も立て続けに失ったのだ。
全身に大小の亀裂が入った石の身体には、もはや魂の存在など僅かも感じられない。
単なる石の塊と化した骸を一昼夜に渡って眺め続けたナクリの心境は、カノンノには想像が付きかねた。
もしも自分がナクリと同じ立場なら、果たしてここまで冷静さを保つ事が出来ただろうか。
「そっか……」
ナクリに聞かせるでもなく、カノンノは呟いた。
クロエの石像に抱きついていたナクリ。あれは最期の別れの行為だったのだ。
石の身体に僅かに残ったティア達の人としての温もりを、ナクリは自分の身体に刻みつけようとしていたのだと。
カノンノが辿り着いた時にクロエにしがみ付いていたのにも、それならば納得が行く。
クロエの全身を余す事無く抱き締める事。
それがナクリが決めた、彼女なりの弔いだったのだ。

あの時、ナクリが酷く驚いてしまったのは、それだけ彼女が心を研ぎ澄ませて事に当っていたからだろう。
そう、カノンノは考えた。
石の身体に封じられた微かな魂を感じ取るには、それこそ人並み外れた精神統一が必要になるはずだ。
感覚、概念、記憶。
思考と呼ばれる全ての物を、石化した身体に対して僅かなブレも許さずに集中させる。
それはこれ以上無く繊細な行為だったに違いない。
外部からの干渉――それが仮にカノンノの手であったとしても、僅かばかりでも横槍が入れば、それはたちまち意味を成さなくなってしまう。
だからこそ、あの時ナクリはあそこまで狼狽をしていたのだ。
あれはきっと、微かに残ったクロエの魂を感じられなくなる事を恐れての事だったのだと。
「……気のせい、だったんだよね」
「何か、言った?」
「ううん、ちょっと独り言」
それはさて置き、ナクリはクロエの尻に頬擦りをしていたような気もするし、色々と何事か妙な事を言っていたような気もする。
記憶の中には妙な情報も混ざっていたのだが、やっぱりそれは気の迷いだったのだ。
――ディセンダーが、そんな変な事をしたり、言ったりしないもんね。
それが、カノンノが得た結論だった。

「……皆を、連れて帰らないとね」
例え石と化して息絶えた亡骸だったとしても、仲間をこんな荒涼とした世界に置いておけるはずが無い。
せめて三人をバンエルティアに運び込む。そして、バンエルティアの皆の前で三人を正式に弔うのだ。
――認めたくは無い。三人を元に戻せるならば、今すぐにでもそうしたい。
だが、目の前の光景は事実であり、結果だ。
救世主であるディセンダーですら、石化されたティア達を抱き締めるしか無かったという、非情であり、そして悲しい現実が――
「……それじゃ、皆を元に戻しましょうか」
「えっ」
余りにもあっさりと、素っ気無く。
到って当たり前の事をするかの様な発言に、カノンノの思考が瞬時に硬直した。
――今、ナクリは何て?
そんなカノンノを余所に、ナクリはポケットから薬瓶を取り出しながら答える。
「えっ、って……ほら、キュアボトル。それも15本。これでティア達の石化を解きましょうって……」
「あの、え、ちょっと待ってナクリ」
急に混乱した様子を見せたカノンノに、ナクリも動揺の色を隠せない。
「みんな、もう元に戻らないんじゃなかったの? みんな石にされて、もう二度とこのまま……」
「いや、普通に元に戻るけど。キュアボトルで、もう一発よ?」
普通に戻る。もう一発、一発、一発、一発、一発一発一発……
――硬直したカノンノの思考が、またぐるぐると回り始めた。
解らない。ナクリの言ってる事が良く解らない。
皆が永遠にこのまま石化する事になったから、ナクリはああやってお別れをしてたんじゃなかったの?
と言うか、そんな簡単に元に戻るなら、どうしてそのままにしていたの……?
石と化した身体にも最後まで敬意を払う、崇高な意思を持つディセンダー・ナクリ。
カノンノが一生懸命に描いた推察が、音を立てて崩壊して行くような気がした。
「え、あの、それじゃ、ナクリは皆を……石にされたままほったらかしにしてた……って事?」
「はいッ!?」
踏みつぶされたカエルの様な声がする。
クロエの尻に頬擦りをしていたのを見つけられた時のように、再びナクリの表情が激しく崩れた。
切れ長の眼はどんどん見開かれ、脂汗が栓を開いたように流れ始める。
「石にされたティアやエステル、クロエはみんなキュアボトルで簡単に一発で元に戻って、それでナクリは、そのキュアボトルをいっぱい持っていて……!」
「あ、あのねカノンノ。とりあえず私の話を……」
「それなのに、どうしてナクリはみんなを石のままにしていたの!?」
「いや、それはもうほら、胸とか尻とかを弄りまくりたかったとしか……あ、いやいやいやいやッ!」
「え、ええええっ!?」
慌てて訂正したナクリだが、時既に遅し。
ナクリとカノンノ。思えばこの時が二人の間の歯車が、決定的に狂った瞬間だった。
それは正に、坂道を転がる石の如く。

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Author:みつくりざめ
石化に惹かれて早数年。
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